はじめに
「物流危機2026」が目前に迫っています。国の試算では、2026年度には国内の輸送力が約14%不足すると予測されており、このままでは「荷物が運べない」時代が現実となります。ドライバー不足や高齢化に加え、2024年問題による労働時間規制が一層の制約をもたらし、物流現場は既に限界に近い状況です。さらに、物流改正法によって荷主企業自身にも積載率向上や待機時間削減への協力義務が課され、もはや物流効率化は「選択肢」ではなく「必須課題」となりました。
本記事では、2025年時点で注目すべき物流効率化の最新手法と、KPI可視化の具体事例を紹介します。荷主企業が今すぐ押さえておくべき動向を整理し、危機を乗り越えるための実践的なヒントを提供します。
物流効率化を取り巻く環境変化
物流危機の背景には、単なる一時的な要因ではなく、長期的かつ構造的な変化があります。荷主企業は、これらを正しく理解しなければ戦略的な対応は困難です。主な要因を掘り下げて見ていきましょう。
人材不足と働き方改革の影響
物流業界では長年、人手不足が構造的な課題とされてきました。厚労省の統計によると、運輸業の有効求人倍率は全産業平均の約2倍に達し、特にトラックドライバーは高齢化が進行。平均年齢は47歳超と他産業よりも高く、若年層の新規参入が限定的です。
さらに2024年4月から適用された「働き方改革関連法」により、ドライバーの時間外労働は年間960時間までに制限されました。国交省の試算では、この規制により輸送能力が14%程度減少すると予測されています。これは、荷主企業にとって「納期を守りたくても運べない」状況を現実化させる要因であり、調達計画や販売計画に直接的な影響を及ぼします。
燃料費・資材費高騰によるコスト圧力
物流コストを押し上げている最大の要因の一つが燃料費です。資源エネルギー庁のデータによれば、軽油価格は2020年比で約35%上昇しました。加えて、車両や倉庫設備に使用する資材費も高騰しており、新車調達や設備投資の負担は過去最高水準に達しています。
こうしたコスト上昇は物流事業者だけでなく荷主企業にも波及し、特に低価格帯商品や薄利多売型ビジネスでは利益率を直撃します。従来のように「物流コストは現場任せ」という発想では限界に達しており、荷主企業側での調達・配送の設計段階からのコスト最適化が避けられなくなっています。
脱炭素・Scope3対応とESG投資のプレッシャー
環境対応も無視できないプレッシャーとなっています。日本政府は2030年までに温室効果ガスを2013年比で46%削減する目標を掲げており、輸送部門はその主要対象です。特に国際取引の多い荷主企業は、欧州を中心に広がるScope3(サプライチェーン全体の排出量)開示要請への対応を迫られています。
大手小売や製造業では、ESG投資家や取引先から「環境負荷低減に取り組んでいるか」を厳しくチェックされるようになっており、物流効率化は単なるコスト削減策ではなく、企業の持続可能性やブランド価値を左右する要素へと変化しています。モーダルシフトや共同配送、電動車両の導入といった施策は、今後ますます取引条件や投資判断に直結するでしょう。
このように「人材・コスト・環境」の三重苦が重なり、荷主企業には調達・生産・販売計画と一体となった物流戦略の再構築が強く求められています。
物流効率化の最新手法
荷主企業が直面する「輸送力不足・コスト高騰・環境対応」の課題に対し、現場ではさまざまな効率化手法が実践されています。その中でも、近年特に注目されている取り組みを紹介します。
輸配送の共同化
従来、メーカー各社は自社単独で物流網を構築していました。しかし近年は、同業他社や取引先と配送ルートを共有し、効率性を高める「共同配送」が拡大しています。
共同配送は「競争領域」と「協調領域」を切り分ける戦略的判断が不可欠で、物流を協調領域と捉え、取引先や異業種企業との連携が鍵になります。
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モーダルシフト
トラック輸送に依存せず、鉄道や海運といった環境負荷の低い輸送モードを組み合わせる取り組みで、鉄道・海運利用によりCO₂排出量を削減し、輸送コストの安定化にも寄与します。
国交省「グリーン物流パートナーシップ会議」でも重点施策に位置付けられ、補助制度も拡充され、調達先や販売先が全国に広がる製造業・小売業にとっては、輸送モードの組み合わせを見直すだけで大きな削減効果が期待できます。
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需要予測と在庫最適化
AIや高度なデータ分析を活用し、需要を精緻に予測することで在庫の過不足を防ぐ取り組みです。ある製造業ではAI予測を導入し、欠品率を15%低減、在庫回転率を10%改善したという例もあります。
需要予測は「販促」「生産」「物流」を一体で設計できるかがカギで、在庫を最適化することで、物流コスト削減と販売機会ロス防止を同時に実現します。
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倉庫自動化
人手不足が深刻な倉庫現場では、AGV(自動搬送車)、ピッキングロボット、自動仕分け機などの自動化が急速に進んでいます。
庫内業務の効率化は、単にコスト削減だけでなく「安定出荷」と「人材確保」の両立に直結し、中長期的には企業ブランド価値向上にも寄与します。
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これらの手法は単独でも効果を発揮しますが、最も重要なのは「複合的に組み合わせて成果を最大化すること」です。
例えば、需要予測で在庫を減らしつつ、残った輸送分を共同配送やモーダルシフトに切り替える、といった取り組みが成果につながりやすいでしょう。
KPI可視化の重要性
物流改革を進める際、最も大きな課題の一つが「改善効果をどう測るか」です。多くの企業では、改善施策を導入しても、成果を数値で示せず「現場の感覚」に頼ってしまうケースが少なくありません。これでは経営層への説明や投資判断の根拠が弱く、改善活動の持続性も担保できません。
そこで求められるのが、部門を超えて共有できる「共通指標(KPI)」です。共通言語としてのKPIを設定し、定量的に改善効果を把握することが、効率化の成否を分ける決定的な要素になります。
主要KPI例
荷主企業が物流効率化を進める上で、特に重視すべきKPIには以下があります。
・積載率:トラックやコンテナに対してどれだけ効率的に貨物を積載できているか。
・輸送効率(車両稼働率):走行距離に対する積載重量や輸送回数の効率。
・リードタイム:発注から納品までの所要時間。短縮だけでなく「安定性」も重視される。
・CO₂排出量:輸配送全体での環境負荷。Scope3対応の観点から取引先や投資家にも注目される。
これらの指標を部門ごとに「バラバラ」に管理するのではなく、統合的にモニタリングすることで、全体最適につながります。
ダッシュボード活用とリアルタイム可視化の広がり
近年はBIツールや物流専用の可視化ソリューションを活用し、KPIをリアルタイムでモニタリングする企業が増えています。
物流拠点ごとの輸送コストや積載率をダッシュボードで一元管理し、「どの拠点で非効率が生じているか」を即座に把握し、改善アクションを現場にフィードバックします。
また、経営層に対しては、投資効果や改善効果を数値とグラフで可視化することで説得力が増します。
国交省の調査によると、KPIを活用した改善活動を行った企業では輸送効率が平均15%向上しており、その効果は統計的にも裏付けられています。
荷主企業にとってKPI可視化は、「物流コスト削減のためのツール」ではなく、サプライチェーン全体を経営視点で最適化するための基盤です。リアルタイムでの数値把握と共有が、持続的な改善を推進し、経営層と現場をつなぐ共通言語となります。
▼物流における主なKPI指標の定義と活用目的
区分 | KPI指標 | 定義 | 活用目的 |
輸配送効率 | 積載率 | 輸送車両に対して貨物がどの程度積載されているか(実際の積載量 ÷ 積載可能量) | 積載効率の改善、共同配送・ルート最適化の効果測定 |
輸配送効率 | 車両稼働率 | 車両が稼働している時間の割合(稼働時間 ÷ 総保有時間) | 遊休車両の把握、稼働率向上によるコスト削減 |
サービス品質 | リードタイム | 発注から納品までに要する時間 | 顧客満足度の向上、安定供給体制の確立 |
サービス品質 | 納期遵守率 | 計画通りに納品された割合 | 顧客信頼度の評価、取引条件改善の根拠 |
在庫管理 | 在庫回転率 | 一定期間の販売・出荷に対する在庫の回転回数(売上原価 ÷ 平均在庫高) | 過剰在庫の抑制、キャッシュフロー改善 |
在庫管理 | 欠品率 | 発注に対して欠品が発生した割合 | 販売機会損失の抑制、需要予測の精度改善 |
コスト | 物流コスト比率 | 物流費 ÷ 売上高 | 全社経営指標として物流コストの妥当性を測定 |
環境 | CO₂排出量 | 輸配送・倉庫オペレーションに伴う温室効果ガス排出量 | ESG対応、Scope3開示、脱炭素経営の推進 |
大手企業による物流効率化の最新事例
F-LINE株式会社
味の素株式会社、カゴメ株式会社、日清オイリオグループ株式会社、株式会社日清製粉ウェルナ、ハウス食品グループ本社株式会社、株式会社Mizkanの食品メーカー6社と物流企業であるF-LINE株式会社は、トラックドライバー不足への対応および環境負荷低減を目的として北海道地区における共同配送に鉄道を活用すべく、2025年9月から鉄道とトラックを組み合わせた「モーダルコンビネーション※」のトライアル輸送を実施し、労働力不足が懸念されるトラック幹線輸送の安定化を図るとともに、トラック輸送の一部を鉄道に切替えることで、札幌~帯広間の幹線輸送におけるCO2排出量の約43%削減を見込んでいます。
※トラック、鉄道、船舶など、複数の輸送手段を組み合わせて最適な輸送を行う方法。それぞれの輸送モードの特性を活かし、より効率的で、環境に優しい輸送体系を構築することを指します。
出典)
https://www.f-line.tokyo.jp/press/2025/08/28/~持続可能な物流体制の実現に向けて~国内食品/
Sustainable Shared Transport(サステナブル シェアード トランスポート)株式会社
Sustainable Shared Transport株式会社は、ヤマトホールディングス株式会社が、持続可能なサプライチェーンの構築に向けて設立した、荷主企業や物流事業者をつなぐ、共同輸配送のオープンプラットフォームを提供する会社です。ヤマトグループが宅急便で培った約160万社の法人顧客や、4,000社以上の物流事業者とのパートナーシップ、輸配送ネットワーク・オペレーション構築のノウハウを生かし、安定した輸送力の確保と環境に配慮した持続可能なサプライチェーンの構築を目指します。
地域の物流網を集約して共同配送を進めることで、積載率や稼働率を高め、持続可能な地域物流を構築します。さらに、標準パレットや高積載車両、定時運行を活用し、高積載で安定した輸配送を提供。ドライバーの負担軽減や効率化にもつなげ、効果は、以下のように想定しています。
・持続的で安定した輸送手段の確保:1日80線便の運行(2025年度末)
・GHG排出量の低減:削減率42.2%(2025年度末)
・ドライバーなどの労働環境、処遇の改善:省人化率65.1%(2025年度末)
出典)
https://www.yamato-hd.co.jp/news/2024/newsrelease_20240521_2.html
今後の展望
物流危機2026が目前に迫るなか、物流効率化はもはや一企業だけの課題ではなく、社会全体で解決すべき構造的課題となっています。輸送力不足・ドライバー不足という制約のなかで、いかに持続可能かつ効率的な物流を実現するかが問われています。今後の物流効率化を見据えるうえで重要な視点を整理します。
データ標準化と連携拡大
これまで物流データは企業ごと・業界ごとに形式が異なり、積載率や輸送実績を横断的に比較・共有することが困難でした。国土交通省が進める物流標準ガイドラインにより、データの共通化が進展しつつあります。
これにより、荷主・物流事業者・小売など複数プレイヤー間でのデータ連携が可能となり、共同配送や在庫最適化といった取り組みが現実的に広がっていくでしょう。
自動化・デジタル化の浸透
倉庫では自動搬送ロボット(AGV)や自動仕分け機が普及し、輸配送ではAI配車やリアルタイム交通データ連携が進んでいます。これらの技術は、労働力不足の穴を埋めるだけでなく、人的ミスの削減・業務の標準化にもつながります。
さらに、IoTによる積載量の自動計測や配送進捗の可視化が広がることで、輸送効率の改善余地が明確になり、デジタルを基盤とした改善サイクルが定着していくことが期待されます。
ESG・脱炭素対応の加速
企業評価においてESGやカーボンニュートラル対応は避けられないテーマです。物流においてもScope 3排出量の算定・削減が求められ、共同配送やモーダルシフト、EVトラック導入などが急速に拡大しています。
物流効率化は単なるコスト削減策にとどまらず、企業価値を高めるサステナ戦略の一部として位置づけられつつあります。
労働力不足と働き方改革への対応
ドライバー不足は2024年問題以降さらに深刻化しており、労働時間制限の影響で輸送能力の制約が強まっています。これに対応するには、長時間労働を前提としない働き方の設計が必要です。
効率化によって待機時間やムダな運行を減らすことが、ドライバーの労働環境改善に直結し、加えて、女性・シニア・外国人材など多様な人材の参入を支える環境整備も進むと見られます。
KPIマネジメントの定着
効率化の取り組みを成果につなげるには、KPIによる継続的なモニタリングが不可欠です。積載率・待機時間・納期遵守率・CO₂排出量といった指標を可視化し、荷主と物流事業者が共通の目標を持つことで、改善のサイクルが回ります。
今後は、こうしたKPIマネジメントが「一部先進企業の取り組み」から「業界標準」へと広がり、効率化と持続可能性の両立を支える基盤となり、またCLO(Chief Logistics Officer) の設置など、経営層と現場をつなぐ役割が重視されることになるでしょう。
今後の課題
データ共有の壁
物流効率化には企業間のデータ連携が不可欠ですが、依然として「情報開示への抵抗」「システムの非互換性」「データ標準化の遅れ」といった障壁が存在します。
商流データには競争上の機密も含まれるため、どこまで共有するか、どう安全性を担保するかが大きな課題です。
ROIと導入ハードル
AI配車システムや自動倉庫などDX投資は効果が期待される一方で、初期コストや導入効果の見えにくさが意思決定の壁になっています。短期的なROIが見えづらいため、経営層の理解を得られず、実証止まりで全社展開に至らないケースも少なくありません。
脱炭素の実効性確保
Scope 3削減の重要性は高まっていますが、共同配送やモーダルシフトなどの施策は限定的な事例にとどまっています。CO₂削減効果を定量的に把握・報告する仕組みがなければ、取り組みが形だけになりかねません。ESG評価や取引先要求に対応するためにも、測定と実効性確保が不可欠です。
人材不足の構造問題
ドライバー不足は一時的な景気変動ではなく、少子高齢化に根ざした構造問題です。物流DXや効率化で部分的に補えても、労働力人口の減少という現実は避けられません。女性・シニア・外国人材の活用や働き方改革を進めても、業界全体の魅力向上と待遇改善が伴わなければ持続的な解決にはつながらないでしょう。
待機時間削減や契約条件の見直しなど、荷主自身にも 業務改善の責任が求められます。
KPI運用の形骸化
積載率・待機時間・CO₂排出量といったKPI設定は進んでいますが、数値管理だけで目的化してしまうリスクがあります。現場改善につながらず、報告用の数値合わせに終始すれば、本来の効率化やサステナ目標は達成できません。KPIを「共有の目標」として活用し、改善活動に落とし込むマネジメント文化が求められます。
まとめ
効率化と可視化は車の両輪〜行動変容を促す「KPI経営」の時代へ〜
物流を取り巻く環境は、人材不足・コスト上昇・脱炭素対応など、かつてない変化に直面しています。これに対して、共同配送・自動化・モーダルシフトなど効率化の手法と、積載率・リードタイム・CO₂排出量などのKPIによる可視化は、まさに車の両輪です。
効率化は現場に即効性のある改善をもたらし、可視化はその成果を定量的に示し、次の行動を促します。両者を組み合わせて初めて、改善の持続性が確保されます。
今後の物流経営においては、KPIを基軸にした「KPI経営」の発想が不可欠です。
・経営層はダッシュボードを通じて全体最適を俯瞰し、迅速に意思決定する。
・現場はKPIを日々の改善サイクルに取り込み、行動変容を積み重ねる。
・荷主と物流事業者が共通のKPIを言語として共有し、協働関係を強化する。
これからの時代、物流を制するのは 「数値で語り、行動を変える企業」 です。
この記事の執筆・監修者

「BtoB領域の脳と心臓になる」をビジョンに、データを活用したアルゴリズムやソフトウェアの提供を行う株式会社アイディオットの編集部。AI・データを扱うエンジニアや日本を代表する大手企業担当者をカウンターパートにするビジネスサイドのスタッフが記事を執筆・監修。近年、活用が進んでいるAIやDX、カーボンニュートラルなどのトピックを分かりやすく解説します。