Vertical AI(バーティカルAI)とは?
2024年から2025年にかけて、AIの活用は業務の中核に深く入り込むようになっています。
なかでも注目されているのが「Vertical AI(バーティカルAI)」と呼ばれる、特定の業界や業務に特化したAIです。生成AIが注目を浴びた初期には、あらゆるジャンルを横断的に扱う汎用型AIが話題の中心でしたが、現場での活用が進むにつれ、「もっと業界に即した、実務で使えるAIが欲しい」というニーズが浮き彫りになってきました。
例えば、物流業界向けのVertical AIであれば「在庫の自動最適化」や「配送ルートのリアルタイム調整」といった、その業界のニーズに直結した機能を最初から備えています。
Vertical AIは、特定の業界やユースケースに合わせた事前の調整が不要で、導入後すぐに効果を発揮できるため、導入スピードや効果が向上します。
一般AIとVertical AIの違い
一般的なAI(ChatGPTのような汎用型AI)は、広範囲の情報を学習し、さまざまなタスクに対応できるよう設計されています。一方、Vertical AIは医療・法務・金融・物流など、特定の業種や機能に特化されている点が特徴です。
分かりやすく表で確認
項目 | 一般AI(汎用AI) | Vertical AI(特化型AI) |
対象範囲 | あらゆる分野に対応(横断的) | 特定分野に特化(業界別・業務別) |
学習データ | 幅広い一般的な情報を学習 | 業界ごとの専門データを学習 |
精度・信頼性 | 汎用的で広いが、専門性に欠ける場合も | 専門性が高く、現場での実用性に優れる |
主な用途 | 会話、要約、文章生成など汎用的タスク | 医療診断支援、契約書チェック、物流最適化など |
利用シーン | 日常業務の補助や全社横断的利用 | 特定部門や業種における業務改善・支援 |
導入のしやすさ | 比較的容易だが、業務適合に時間がかかることも | 導入時に調整が必要だが、導入後の成果が明確 |
例 | ChatGPT、Gemini(旧Bard) | 医療AI(放射線画像診断)、物流AI(配車最適化)など |
なぜ「特化型AI」が注目されているのか?
背景にあるのは、「AIを導入したものの、思ったように使えなかった」という現場の声です。たとえば、汎用型AIでは業界特有の用語やルールを正しく理解できず、結果的に業務にフィットしないケースが多々ありました。Vertical AIは、そうした課題を解消する現場目線のAIとして注目されています。
さらに、特化型AIはデータの取り扱い方にも工夫がなされており、業界固有の規制や倫理基準に則った形で設計されることが多いため、導入ハードルが下がりやすいのもポイントです。加えて、現場の課題解決に直結するため、ROI(投資対効果)が高いという側面も、経営層からの支持を集める理由の一つです。
Vertical AIの仕組み
医療・金融・物流など、専門性の高い業界では、汎用型のAIよりも業務に直結する成果を求める声が強まっており、そのニーズに応える形で進化しているのがVertical AIです。ここでは、その仕組みと強みについて、具体的に見ていきましょう。
専門データに特化した学習モデルとは?
Vertical AIの最大の特徴は、「ある特定分野に関する専門データだけを集中的に学習していること」です。
製薬会社向けのVertical AIであれば、論文、診療記録、治験データなど、一般には扱わないような深い専門情報を基に学習が進められます。これにより、一般的なAIよりも、その分野における精度・理解力が格段に高くなります。
なぜ特化すると精度が向上するのか?
AIの出力精度は、「どれだけ関連性の高いデータを学習しているか」で決まります。Vertical AIは、特定分野に特化することで、ノイズの少ない純度の高い学習が可能になり、結果として誤解の少ないアウトプットが実現できます。また、ユーザーの業務文脈を理解したうえで応答できるため、作業の一部を“任せる”ことも現実的になります。
Vertical AIは「知識」と「経験」を持つAI
単に知識量が多いだけでなく、「どう判断すべきか」まで含めて学習しているのもVertical AIの特徴です。これはまるで、業界で長年働いた熟練者がもつ暗黙知を再現するようなもので、単なる情報の提示ではなく、文脈や目的に応じた助言や判断ができる点で、他のAIとは一線を画します。
Vertical AI導入で得られるメリットとは?
Vertical AIは、特定の業界や用途に特化することで、汎用型AIでは得られなかった高精度な支援を実現します。実際に導入した企業では、業務効率の向上だけでなく、意思決定の精度やスピードにも変化が現れています。ここでは、Vertical AIの導入によって得られる具体的なメリットを整理してみましょう。
専門業務の自動化・効率化
Vertical AIは、業界固有のフローや用語を理解しているため、医療分野では、カルテ作成や診療メモの要約、法律分野では、契約書のレビューやリスク指摘、製造業では、不良品の自動検知や原因分析など一般のAIでは難しい専門業務も自動化できます。作業時間を大幅に短縮でき、専門家がより創造的・判断的な業務に集中できるようになります。
判断の正確性・再現性が高い
Vertical AIは、明文化された知識+実務上のパターン(経験)を学んでいるため、一貫した高精度な判断が可能です。
例えば、医療AIが「症状+検査結果」から誤診のリスクを抑えたり、法律AIが判例や条文をもとに適切な条項修正を提案するなど、ヒューマンエラーを低減し、新人や非専門職でもプロ並みの判断が可能になります。
専門家のノウハウを再現
熟練者が持つ「経験に基づく判断」をAIが再現できるのも、Vertical AIならではの魅力です。これは単に過去のデータを分析するだけでなく、その背後にある業界知識や文脈を理解しているからこそ可能になります。
例えば、熟練エンジニアの設備点検ノウハウをAIが再現したり、医師や弁護士の過去事例データから判断傾向を学ぶなど、人手不足や世代交代に悩む業界にとって、知見の継承手段としても注目されています。
顧客対応の質が向上
顧客の問い合わせや提案内容に対して、その業界特有の正確な回答ができるようになります。
例えば、金融分野では、専門用語を含んだ説明を平易な言葉に翻訳したり、製造業では、クレーム対応時に技術的根拠に基づく返答を生成したりと、顧客満足度の向上や、カスタマーサポートや営業支援の強化にも繋がります。
Vertical AI導入時の注意点
特定分野に特化したVertical AIは、精度や業務適合性の面で高い効果が期待されますが、導入すればすぐに成果が出るというものではありません。むしろ、初期設計や運用体制次第で効果が大きく左右されます。ここでは、Vertical AIをビジネスに取り入れる際に注意すべきポイントを整理しておきましょう。
初期データの品質が鍵
Vertical AIの精度は、最初に学習させるデータの「質」に大きく依存します。誤記や表記ゆれ、ノイズの多いデータを使えば、AIはそのまま誤った知識を学習してしまいます。導入前には、社内で使用しているデータの整備やクレンジングが必須です。特に、業界特有の用語やルールが正確に含まれているかは、後の成果に直結します。
学習データの更新と再学習の重要性
一度学習させたら終わり、という考えは禁物です。市場環境や業務フローが変化すれば、それに合わせてAIも学び直す必要があります。定期的に新しいデータを取り込み、モデルをアップデートすることで、常に最新の状態を保ち続けることができます。運用フェーズに入った後の育成も、Vertical AI導入の大きなポイントです。
専門家の関与が不可欠
AIは万能ではありません。AIが出す結果には「なぜその答えを出したか」の説明が求められ、医療・法律・製造などは、命・責任・安全に直結する場合もあるので、最終判断は人間の専門家が担う必要があります。
導入初期から専門家(医師、弁護士、技術者など)と協業したり、AIと人間の役割分担(支援か、自動化か)を明確にする必要があります。
データプライバシー保護とセキュリティ対策
特定業界に特化しているということは、それだけセンシティブな情報を扱うことが多くなります。医療、金融、法務などでは、個人情報や機密データの取り扱いが不可欠です。AIに学習させるデータや、その出力内容においても、社内外のセキュリティガイドラインを満たしているか、慎重なチェックが求められます。
過学習・偏った判断のリスク
例えば、医療AIが、ある病院の診療方針だけに基づいて学習した内容は、他院では通用しない、法律AIが、国内法だけ学習しても国際案件には不向きであるなど、Vertical AIは狭い領域に特化する分、特定のパターンに偏る(過学習)リスクがあります。
複数のソース・視点からのデータを使い、定期的なモデルの再学習・精度検証を行う必要があります。
Vertical AIの最新事例
富士フイルムホールディングス株式会社
富士フイルムホールディングス株式会社は2021年4月に研究機関や医療機関による画像診断支援AI技術の研究開発を支援するため、国立がん研究センターと「AI開発支援プラットフォーム」を共同開発しました。プログラミングなどの高度な工学的知識がなくても、医師や研究者が画像診断支援のAI技術を開発することができる研究基盤システムです。下記のような場面で活用されています。
・肺がんの早期発見・治療を支援
X線画像やCT画像で肺部分に白っぽい影として映る肺結節は、肺がんなどに罹患している可能性を示します。肺がんは、悪性新生物(腫瘍)の中でも死亡数・死亡率が高く、早期の発見・治療にはその兆候を示す肺結節の早期発見が重要です
画像診断を行う医師の業務負荷の軽減やワークフローの効率化に寄与するため、胸部CT画像から肺結節の候補を自動検出する画像診断支援機能を開発しました。
・コロナ肺炎の診断を支援
胸部CT画像に対して、COVID-19肺炎の特徴的な画像所見が含まれる可能性(確信度)の表示や、確信度の判定に関わる領域のマーキング表示により医師の診断を支援する技術を開発しました。
出典)
https://holdings.fujifilm.com/ja/about/dx/activity/01?utm_source=chatgpt.com
株式会社ニチレイフーズ×株式会社日立製作所
株式会社ニチレイフーズと株式会社日立製作所は、協創を通じ2020年からAIを活用した「最適生産・要員計画自動立案システム」を開発・運用しています。国内4拠点の食品工場に導入し、2020年1月から順次本格運用を開始しました。
このシステムでは、機械学習と数理最適化技術を組み合わせた株式会社日立製作所独自のAI技術を用いて熟練者独自の計画パターンを数値化・重みづけし、それらを抽出・組み合わせて解析します。効果を検証した結果、1工場で最大16兆通りの組み合わせがある中から、日別のラインごとの生産商品・生産量などの生産計画、作業者のシフトスケジュールなどの要員計画の最適解を、従来の1/10程度の時間に短縮して自動立案することが可能となりました。
出典)
https://www.nichireifoods.co.jp/news/2020/info_id8338/
株式会社neoAI×株式会社あおぞら銀行
2025年4月、株式会社neoAIはあおぞら銀行が進める次期AI基盤の構築プロジェクトにおいて、行内データで学習した金融業務に特化された大規模言語モデル(LLM)「あおぞらLLM」(仮称)を開発しました。
このプロジェクトでは難易度の高い問いを含む内部ベンチマークを作成し、そのベンチマークの精度向上のためにLLMへ継続事前学習を行いました。その結果、応答精度が従来比130%の高精度パフォーマンスとなるなど、顕著な改善を実現いたしました。
今回確認を行ったベンチマークは、法人・リテール業務の事務規定管理業務を想定したものです。あおぞら銀行における事務規定の管理業務の実際の応対シナリオに基づき、行内に関する深い知識を必要としながらRAGを正しく行う必要のある、難易度の高いベンチマークとなっています。
このベンチマークを指針としてLLMの精度向上を行った結果、回答の正確性・網羅性・再現性が飛躍的に向上いたしました。特に、行内で使われる固有の用語について、その意味や関連性を正確に理解し、適切に応答する能力が向上しました。
出典)
https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000026.000109048.html?utm_source=chatgpt.com
株式会社ラック×株式会社千葉銀行
株式会社ラックは、株式会社千葉銀行に対し、高齢者からキャッシュカードを騙し取る手口などの特殊詐欺における不正出金や、犯罪者が詐取した資金の受け皿として使用する不正口座への対策として、AIによる不正取引検知ソリューション「AIゼロフラウド」を提供することで合意しました。2023年11月からシステム開発・導入を進め、2024年に運用を開始する予定と発表されています。
AIゼロフラウドは、金融サービス利用者の取引行動を人工知能(AI)が分析し、高い精度で金融犯罪を検知する対策ソリューションです。インターネットバンキングの不正送金やATMを介した特殊詐欺などの金融犯罪における被害防止に向けた金融サービス提供事業者の取り組みを支援します。また、犯罪者が得た不正資金の送金先などに用いられる不正口座を検知・発見できる機能により、サービスを悪用した犯罪防止の取り組みを支援します。
出典)
https://www.lac.co.jp/news/2023/11/15_press_01.html
さらに進化する特化型AI
特定分野に特化したVertical AIは、今や一過性のブームではなく、業界の現場に深く根ざしながら進化を続けています。特に2025年現在、マルチモーダル化や中小企業への浸透など、新たな展開が注目されています。ここでは、今後のVertical AIの進化と活用の広がりについて見ていきましょう。
マルチモーダルVertical AIへの進化
これまでのVertical AIはテキストや数値など単一の情報に特化する傾向がありましたが、近年では「マルチモーダル」と呼ばれる、画像・音声・動画・センサー情報など複数のデータを統合して判断するモデルへと進化しています。
医療現場であれば、診療記録・CT画像・音声記録を組み合わせたより精緻な診断なども実現できる可能性があります。
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各業界でのAI特化モデルの増加
製造業では設備保全に特化したAI、物流業では配車最適化に特化したAI、法律業界では契約書レビューに特化したAIなど、業界ごとの業務にぴったりと合う専用AIが次々と登場しています。汎用AIでは得られなかった実務レベルの精度と使い勝手が支持されています。
AIと専門家のハイブリッドワークの普及
Vertical AIは専門家を代替するものではなく、「補完する」存在として認識され始めています。
AIが初期分析を行い、最終判断は人が下すというハイブリッドなワークスタイルが医療や金融などで広がりを見せています。この使い分けが、精度と安全性の両立につながっています。
中小企業にも広がるVertical AI導入の可能性
クラウド型AIサービスや、業務ごとにパッケージ化されたVertical AIの登場により、導入ハードルは大きく下がりました。コスト・人材面で導入が難しかった中小企業でも、販促、在庫管理、顧客分析などピンポイントな用途で導入が進んでいます。
まとめ
本記事では、Vertical AIの基本概念から、一般的なAIとの違い、各業界における最新活用事例、導入のメリットや注意点、そして今後の進化の方向性までを解説してきました。
特定分野に深く最適化されたAIは、汎用AIでは実現できない高精度な支援や効率化を可能にし、現場レベルの課題解決に直結する存在として注目されています。
今後は中小企業でも導入が進み、あらゆる業種で「AIと共に働く」が当たり前になる時代が訪れるでしょう。Vertical AIを単なるテクノロジーではなく、事業成長のためのパートナーとして捉える姿勢が大切かもしれません。